「いい流れで、いいモチベーションで相撲をとることが出来ました!」
数日前、大関に勝って勝利者インタビューを受けた時の平幕力士の言葉だ
隔世の感がする・・・・・・
俺が子供の頃の大相撲力士のインタビューといえば
はーはーぜぃぜぃと息遣いも荒く、やっと喋ったかと思うと
「あ”あ”〜〜〜」とか「う”う”〜〜〜」とか
意味のわからない言葉ばかりだったような気がする・・・・
アキラは(日本人横綱)にこだわらなくていいと言うが
大相撲の会場に客を呼び戻すにはやはり日本人横綱の誕生が必要不可欠だろう
ずいぶん前に横綱の誕生を焦って優勝したことのない横綱を誕生させたことがあったが
あの時は不幸に不幸が重なって横綱は廃業してしまった・・・・・
それでも興行的には日本人横綱は必要だと俺は思う・・・・
そ〜いえばあの時は今は亡き週刊ファイトのI編集長も
「前例にとらわれず優勝の経験なんかなくったって横綱にするべきだ!」
と叫んでいた・・・・・・・・
朝青龍の場合は親方の朝潮がボンクラで朝青龍のわがままをコントロールできなかったが
この時の双羽黒の場合は親方夫婦がとても酷い連中で双羽黒の収入のほとんどを
ピンハネして使い込んでいたらしい・・・・・
だいたい双羽黒(北尾)はもともと心根の優しいやつだったらしいが
ついに堪忍袋の緒が切れて親方の夫人をぶん殴って失踪してしまった
双羽黒の人格に問題がなかったことの証明に
今では双羽黒の当時の付き人だった力士が双羽黒横綱だった相撲部屋の
親方に収まっているが
その今の親方の要請で双羽黒は現在の部屋の若手の指導にあたっているという
きっと北尾って子は身体はでかかったけど格闘技には向いていない性格だったんだろうな
それもこれも今となっては「むかし、むかし、あるところに・・・・・」
という寝物語だ・・・・・・
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「お前の文章には色気がない」とNに言われたことがある・・・・
それでも俺は物書きになりたかった・・・・・
しかしながら実家は手広く商売をやっていて俺は一人息子だ
そんな親も家も投げ打ってまでやりたい熱意があるわけでもなかった
そこで俺はリタイアしたら俺の夢を叶えようと思っていた・・・・
子育ても終わり仕事で財産を築けば残りの人生は自分の好きなようにやらせてもらう
俺はあの時、将来仕事をリタイアしたら週刊ファイトでアルバイトをするつもりだった
別に原稿を書くわけでなくともプロレス団体の興行に記者とともに
ついて回って記事を書く手伝いをする・・・・・
経済的なことは考えなくていいのだから出版社も気軽に使ってくれるだろう
そんなことを夢想していた・・・・・・・
ところがあれから数十年、時は移ろい・・・・・・・
週刊ファイトは廃刊となりI編集長は鬼籍に入り
プロレス団体はどこが何やらさっぱりわからなくなってしまった・・・・
人生ってうまくいかないものだ・・・・・・
スポーツ新聞の記者になるという夢を早くから掲げ
学生時代からスポーツ新聞社にアルバイトとして潜り込み
自分の夢を叶えたかのように思ったユタカは学生時代の友人達の
誰よりも早くにこの世を去ってしまった・・・・・・
人生ってうまくいかないもんだ・・・・・・