どうやら夏風邪をひいたみたいだ・・・・・・
昼間はそうでもないが夜中に咳き込み鼻水が出る
それでも何かに追い立てられるように昨日も幾久公園へ・・・・
炎天下の元、とりあえず20周、6kmほどを走る
それにしても今年は雨が降らない・・・・・
土煙を上げながら黙々とトラックを走る・・・・
いったい俺は何をしているのだろう?
いったいどこから来てどこに行こうとしているのだろう・・・・
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俺の母親は昭和の女傑として福井の市場では有名人だった
中央市場では知らないものは誰一人いない
飛びぬけて頭が良く、計算は速く記憶力も抜群だった
そんな彼女も立体感覚には疎く牛乳パックにストローを刺して
逆さに飲むというようなことをするのはご愛嬌だった
彼女は明るく賑やかで話しがうまく人々は彼女の周りに群がった
気性の激しさをその明るさで補いそれでも余りある人柄だった
豪快な彼女はそんな彼女だったからかもしれないが自分の息子には
人一倍おだやかさを求めた
彼女は、ぽ〜っとしたおっとりした上品なお金持ちのお坊ちゃん然とした子供が欲しかったのだ
俺が幼い頃からずっと繰り返し彼女から教え込まれていたことがある
「いいか、お前には欲しいものはすべて与えてやる。
お前はそういう星の元に生まれた子供なんや
だから人様に対して『頂戴』とか『奢って』とかいう言葉は
絶対に使ってはダメだからね!」
俺はたいして気にもせずそんな言葉を聞き流しながら育ってきた
そして俺の母親の希望は俺が5歳の頃まではだいたい叶えられたように思う
俺はぽ〜っとしたおっとりした子供だった・・・・・
しかしながら俺も木の又から産まれたわけではなく昭和の女傑と言われた女性から
そのDNAをしっかり受け継いで産まれてきたのだ
いつまでもぼんやりしているわけにはいかなかった・・・・・・・
俺は、明日から幼稚園に登園するという前日の夜のことを今でもよく覚えている
5歳の俺はこう思っていた・・・・・・
「ちぇ!明日から早起きかよ・・・・・・」
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そんな俺も幼稚園のお遊戯には辟易しながらもとりあえず小学校には上がった
小学校の運動会では徒競走では6人走っていつも4位か5位・・・
そんな俺が障害物競走では常にぶっちぎりの1位で負けなしだった
当然、他の子供たちよりは要領が良かったのだろうがそれだけであんなに強かったのだろうかとも思う
偶然を装って前を行く子供の足を引っ掛けることぐらいはしたかも知れない
なにせ俺の中には隠しても隠し切れないあの母親のDNAが生きているのだ
小学校の授業もヒマだった・・・・・
俺にとっては永平寺の座禅もかくありきやみたいな感じだった
そして小テストの度に誰より早くテストを仕上げ外ズックを引っさげて
校庭に走り出た・・・・・・
黙々とひたすら校庭のトラックを走った・・・・土煙を上げながら
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そして今、またもや俺は走っている・・・・・
いったい俺は何をしているのだろう?・・・・・・・