ふいに涙が溢れ出た。「あ、ヤバイ・・」と思い、持っていた文庫本を閉じ視線を車窓の外の景色にやったときにはもう遅かった。涙が俺の頬を伝いぽろぽろと零れ落ちた。今からかれこれ40年ほど昔の話だ。俺はその時、関大前から梅田に向かう阪急電車の車両の中に居た。春ののどかな午前中の電車にはまばらにしか乗客は居なかったが電車が淀川を越えたあたりで俺は堪えきれずに一人ぽろぽろと涙をこぼしたのだ。俺が読んでいたのは沢木耕太郎の「敗れざるものたち」。友人のナカヤマから「君も大学生になったのだからこんな本ぐらい読みなさい」と上から目線で勧められた本だった。本の中では円谷幸吉が描かれていた。円谷幸吉がいかに走りいかに生きいかにつぶされていったかを淡々と描いていた。そこには決して人の悪意というものはなかった。人々はただ応援しただけなのだ、ただ期待しただけなのだ。それでもそんな周りの思いが一人の青年を死に追いやってしまった。本の中で作者は一人の人間も糾弾などしていない。ただただ事実を追いかけ円谷が追い込まれていく様子を描写している。円谷の両親が「円谷、がんばれ!」という横断幕とともに国立競技場のメインスタンドに陣取ったという描写のところで俺は堪えきれずに泣いてしまった。
俺は中学1年の頃、陸上長距離部に籍を置いていた。この部は陸上部の中でも短距離部のおまけみたいな部で、監督の練習における指示も毎回「お前らはロードワークにでも行っておけ」という簡単なものだった。だから俺たちは毎日河原までロードワークに行き河川敷で三角ベースボールをして遊び学校に戻って来た。そんなヤクザな部活動でもそこそこに真面目に走っていた俺の記録はじりじりと上がっていった。俺と同学年に居たナガイというやつと俺は記録を競い合ったが俺はどうしてもこいつには勝てなかった。1500mの記録で言えば俺が4分50秒台ならやつは4分40秒台なのだ。それでも俺たちが2年に進級するころには一つ上の3年生には俺たちより速い上級生は居なかった。俺たちが2年生に上がった春に市の足羽山縦走駅伝大会に出場することになった。監督は3年生を出したかったみたいで何度も選考会を開いたが何回やっても3年生たちは俺とナガイには勝てなかった。俺は全部で6区間で競う大会の第1区に選ばれた。監督は俺たち選手を集めてこう言った「よし!入賞を狙おう!6位入賞だ!」監督がこう言うのだからたぶん監督の胸の中ではせいぜい頑張っても10位に入れるかどうかだなぐらいの感じだったのだと思う。そして大会当日、当時生意気盛りの俺は親に何も言わずに会場の陸上競技場に向かった。今でこそ子供がスポーツ大会に出るとなると親たちがこぞって応援に駆けつけるが当時は親が応援に来るということは親離れをしていないということで恥ずかしいと捉えられていたのだ。監督の予想を裏切って俺は他校の生徒を次々に追い抜き2位でラストの農道に入ってきた。第1区は陸上競技場から足羽山の麓までで最後は農道を走り麓で第2区のランナーにたすきを渡すのだ。すると第2区への中継場が見えてきたときに田んぼのあぜ道に立って俺を応援している人たちが目に入ってきた。親父とオフクロだ。親父はあらん限りの声を振り絞って「やすじ!頑張れ!」と叫んでいる。オフクロは付き添いで来ていた保健体育の女性教諭と手を取り合って喜んでいる。結局、俺は2位でたすきを渡し、そのまま上位をキープして俺の中学校は3位で大会を終えた。ヤクザな部にしては快挙であった。
この時の親父とオフクロの姿が目に焼きついて離れない。そんな記憶が蘇り俺はあの本を読んで涙してしまったのだろうと思う。俺の場合は田舎の小さな大会の小さな出来事だがそれでも応援する人たちの思いと応援される側の思いというものは理解出来る。誰も悪くはないのに青年が自ら死を選んでしまった、選ばざるをえなかった。その不条理さに俺は胸を衝かれたのだ。
あれから40年、今俺が読んでいるのは

無名 (幻冬舎文庫)

無名 (幻冬舎文庫)

沢木耕太郎が自分の父親の最期を看取った手記だ
俺の親父も5年前にこの世を去った。沢木の作品を読むと沢木の父親よりは俺の親父のほうが世間的には有名だったような気がする。でもそんなことはどうでもいいのだ。沢木の父親が沢木の心の中に残っているように俺の心の中にも俺の親父は残っている。沢木の父親のように知の巨人ではなくても俺の親父は(いいやつ)だった。ここ最近、どういうわけか親父の弾ける様な笑顔をよく思い出す・・・・・
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昨日はマラソン大会の翌日とあって疲れが出たのか一日中寝てばかりいた
俺はプー太郎だからこんなことが出来るがボッチは大変だろうなとつくづく感心する
ボッチは高校1年の時に俺が中学校時代にどうしても勝てなかったナガイと友達になり
夏休みに二人で北海道旅行に出かけている・・・人の縁とは不思議なものだ
ついでに言うとこのナガイには兄貴が居て家業の紙屋を継いでいるが
その兄貴の奥さんが俺の大学時代の友人マエダ女史の親友である
ちなみにマエダ女史とその奥さんは九州の高校での親友だ
こんなことってあるのか?
不思議と言う言葉では言い表せないちょっと怖いぐらいの縁である・・・・・・・